2011年 10月 17日
100歳郊外住宅地:池田室町住宅地 |
開発から100年を迎えた、日本で初めて郊外分譲住宅地として知られる「池田室町住宅地」に行ってきました。
住宅地を歩くと、蔵や洋館、和風住宅、プレハブ住宅と100年の月日を感じさせる多様な建物と、街に滲み出る緑が景観をつくっています。保存された街ではなく、時代を超えて成熟し住まわれ続けていくには、計画時の仕掛けと地域住民の意識の高さが必要だと痛感します。街に「誇り」を感じられるかにかかっていると思います。
また、現地を訪れ小林一三が、「模範的郊外生活」という生活スタイルを提唱するためこの場所を選んだ理由がわかったような気がしました。自然豊かな猪名川がすぐそばにあること、梅田まで20分という立地、当時のサラリーマンの心をとらえたことでしょう。桔梗が丘から大阪まで通勤した自分としては身をもって感じました。
資料によると、池田室町として1910年(明治43年)に大阪の箕面有馬電気軌道(現・阪急電鉄)が開発した戸建タイプの分譲住宅地で、これは日本初の鉄道会社による宅地開発がなされたとのこと。古くからある呉服神社を中心にして、神社と軸線をずらした区画レイアウトし、都心に勤務するサラリーマンが住まう住居地として整備されました。
鉄道会社が購買部と呼ばれるマーケットや店舗商店、公園のほかに果樹園、さらには玉突台のある社交倶楽部まで中心街に設置したようです。また居住者組織として電鉄関係者によって室町委員会を結成、後に室町会へと継承。1950年に室町会は社団法人化、現在コミュニティ活動をおこないながら2005年には、「池田室町住民憲章」を制定しています。
様々な問題を抱える戦後開発された郊外住宅地。戦前につくられた郊外住宅地を訪ねることで何がヒントが見つかるかもしれません。
by m_morimoto32
| 2011-10-17 11:03
| ニュータウン探訪
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