2010年 12月 08日
別れ・ごくろうさま |
人生のなかで貴重な出会いがあれば、悲しい別れもあります。
私ことになりますが、8年間の闘病の中、何度も入退院を繰り返していた母が、12月4日夜になくなりました。質素なお別れの会にしてほしいとの母の想いを受け、お世話になった方々を中心に6日通夜、7日告別式と無事執り行うことができました。そのような中、平日にも関わらず参列して頂いた方々ありがとうございました。
母は、当時の大阪市立大学家政学部住居学科を卒業後、渡辺建築事務所で働き、父と共に名張で設計事務所を開設しました。今では女性建築家の社会での認知度は広がってきましたが当時ではさきがけの存在でした。当時の苦労話は、自慢げによく話していました。月並みながら、子どもを育てながらの仕事は大変だったと思います。母の小さなことを大きくふくらまして話す学生時代や仕事のエピソードはおもしろく、その影響で大学まで部活をしたり、建築への道を選んだのだと今では思います。ちなみに弟も同じ建築の道を進んでいます。粘り強い努力とひたむきさがあれば自分なりの道が開かれるということを教えてくれました。
病気が発覚してからは、第一線をはなれ、好きだった山野草めぐりや奈良の仏像めぐり、会津八一の石碑めぐりと体力が弱ってくるなかで目標を見つけ、自分を律し日々生活していました。本当に精神力の強い人でした。
そんな中、最後に入院するまで楽しみにしていたのは、週に1度の奈良ホテルに行って過ごす時間でした。大げさに言うとそのために他の日は体調を整えていたようなものでした。普段は流動食しか口に出来なかったですが、そこで食べるミルクティとショートケーキは不思議と口に入るようでした。生きる目標になりえる空間。母にとっては奈良ホテルはそんな場所でした。一生に一度でいいからそんな空間を設計してみたいと心から思います。
母親は建築の道の先輩でもあり、自分は子供でもありながら母親のファンのひとりだったような気がします。11月20日に最後の入院をしてからは、平日は仕事が少しでもできるようにと思ってかなんとか頑張ってくれていました。そのおかげもあり11月末竣工の住宅も無事引き渡すことができました。65歳と早すぎる死ではありますが、ほほえみをたたえたその美しい死顔は、長い病気との闘いから解放された安堵に満ちたものでした。ごくろうさまでした。ゆっくり休んでください。
私ことになりますが、8年間の闘病の中、何度も入退院を繰り返していた母が、12月4日夜になくなりました。質素なお別れの会にしてほしいとの母の想いを受け、お世話になった方々を中心に6日通夜、7日告別式と無事執り行うことができました。そのような中、平日にも関わらず参列して頂いた方々ありがとうございました。
母は、当時の大阪市立大学家政学部住居学科を卒業後、渡辺建築事務所で働き、父と共に名張で設計事務所を開設しました。今では女性建築家の社会での認知度は広がってきましたが当時ではさきがけの存在でした。当時の苦労話は、自慢げによく話していました。月並みながら、子どもを育てながらの仕事は大変だったと思います。母の小さなことを大きくふくらまして話す学生時代や仕事のエピソードはおもしろく、その影響で大学まで部活をしたり、建築への道を選んだのだと今では思います。ちなみに弟も同じ建築の道を進んでいます。粘り強い努力とひたむきさがあれば自分なりの道が開かれるということを教えてくれました。
病気が発覚してからは、第一線をはなれ、好きだった山野草めぐりや奈良の仏像めぐり、会津八一の石碑めぐりと体力が弱ってくるなかで目標を見つけ、自分を律し日々生活していました。本当に精神力の強い人でした。
そんな中、最後に入院するまで楽しみにしていたのは、週に1度の奈良ホテルに行って過ごす時間でした。大げさに言うとそのために他の日は体調を整えていたようなものでした。普段は流動食しか口に出来なかったですが、そこで食べるミルクティとショートケーキは不思議と口に入るようでした。生きる目標になりえる空間。母にとっては奈良ホテルはそんな場所でした。一生に一度でいいからそんな空間を設計してみたいと心から思います。
母親は建築の道の先輩でもあり、自分は子供でもありながら母親のファンのひとりだったような気がします。11月20日に最後の入院をしてからは、平日は仕事が少しでもできるようにと思ってかなんとか頑張ってくれていました。そのおかげもあり11月末竣工の住宅も無事引き渡すことができました。65歳と早すぎる死ではありますが、ほほえみをたたえたその美しい死顔は、長い病気との闘いから解放された安堵に満ちたものでした。ごくろうさまでした。ゆっくり休んでください。
by m_morimoto32
| 2010-12-08 03:15
| その他
|
Comments(8)
元気になられると信じていたのですが、残念で悲しみは絶えませんね。
事務所での事などが、不思議なぐらい、昨日の事のように思い浮かび、
思い出しては涙があふれてきます。
またこのBlogを読ませて頂き、涙が止まりません。
今更ながら申し訳ございませんが、自分の中では大きな存在だった
んだと改めて感じております。
そうだ、ここが自分のスタート地点でもあるからですね。
ほんの少しですが、一緒に設計の仕事をさせて頂いた事に感謝し、
今後もその教えを活かせればと思っております。
心よりご冥福をお祈りします。
また落ち着かれましたら、お伺いさせて頂きますね。
お手伝いできる事がございましたらいつでもお声をお掛け下さい。
宜しくお願いします。
事務所での事などが、不思議なぐらい、昨日の事のように思い浮かび、
思い出しては涙があふれてきます。
またこのBlogを読ませて頂き、涙が止まりません。
今更ながら申し訳ございませんが、自分の中では大きな存在だった
んだと改めて感じております。
そうだ、ここが自分のスタート地点でもあるからですね。
ほんの少しですが、一緒に設計の仕事をさせて頂いた事に感謝し、
今後もその教えを活かせればと思っております。
心よりご冥福をお祈りします。
また落ち着かれましたら、お伺いさせて頂きますね。
お手伝いできる事がございましたらいつでもお声をお掛け下さい。
宜しくお願いします。
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YuMoKu
at 2010-12-08 18:55
x
こちらに訪問するまで知りませんでした。
まだまだこれから第二の人生を!というお若さ。
ご冥福を心よりお祈りいたします。
また、そのような立派な母の後ろ姿を見て育ってきた環境を読ませていただき、自分の母としての在り方を見直すきっかけをいただけたような。
そして最後にKプロジェクト、完成おめでとうございます。
横を通るたび、何ができるの~~??って楽しみにその日を待っていた一人でもあります^^
まだまだこれから第二の人生を!というお若さ。
ご冥福を心よりお祈りいたします。
また、そのような立派な母の後ろ姿を見て育ってきた環境を読ませていただき、自分の母としての在り方を見直すきっかけをいただけたような。
そして最後にKプロジェクト、完成おめでとうございます。
横を通るたび、何ができるの~~??って楽しみにその日を待っていた一人でもあります^^
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m_morimoto32 at 2011-01-11 09:25
okkunさま
コメントありがとうございます。母への敬意と自分なりの惜別の意味で個人的なことですがブログを書かせて頂きました。今後とも変わらぬお付き合いよろしくお願いします。
コメントありがとうございます。母への敬意と自分なりの惜別の意味で個人的なことですがブログを書かせて頂きました。今後とも変わらぬお付き合いよろしくお願いします。
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m_morimoto32 at 2011-01-11 09:27
YuMoKuさま
コメントありがとうございます。育った家庭環境をいかに今後生かしていけるかが問われるなあと感じています。今後ともよろしくお願いします。
コメントありがとうございます。育った家庭環境をいかに今後生かしていけるかが問われるなあと感じています。今後ともよろしくお願いします。
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m_morimoto32 at 2011-01-11 09:32
harumamaさま
コメントありがとうございます。あの住宅が建ってから周囲の雰囲気が変わったとおっしゃる方も。少しでも携わる建築が、使われる方に楽しい生活を、そして街に活気を与えられればと思っています。
コメントありがとうございます。あの住宅が建ってから周囲の雰囲気が変わったとおっしゃる方も。少しでも携わる建築が、使われる方に楽しい生活を、そして街に活気を与えられればと思っています。
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ootsu
at 2011-01-15 15:19
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m_morimoto32 at 2011-01-16 00:14
ootsuさま
コメントありがとうございます。本当にお久しぶりです。お元気ですか?まだ少しバタバタしています。また機会があれば会いたいですね。
コメントありがとうございます。本当にお久しぶりです。お元気ですか?まだ少しバタバタしています。また機会があれば会いたいですね。